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時代は

突然ですが、みなさんは「鍋」といえば何鍋が好きですか?

暑さで頭が沸いたんじゃありません。今、適度に涼しくなった自室でこの文章を打っています。
前回サンダルの話をして夏を感じたばかりですが、暑い時期には涼しいものや冷たいものに想いを馳せてしまうのが人間というもの。それで、いつか行きたいと思っている北の地域を思い浮かべているうちに、なんだか鍋が食べたくなってきてしまったというわけなのです。
最近は、ガムシロップのような容器に入ったお鍋の素を入れるだけで、簡単に調理ができる便利な時代になりました。そういうものを使って家で鍋を囲むのも楽しいですが、やはり美味しい海の幸がたっぷり入った海鮮鍋には並々ならぬ憧れがあります。いいなあ…北海道。
ということで、周りくどい導入でしたが今回は日本の寒い地域における革の歴史を見ていきましょう。

以前、世界の革の歴史で「寒い地域から技術が広まっていった」とご紹介したと思いますが、日本の北の地域では革文化が独自の発展を遂げていた歴史があります。ここでピンとくる方も多いのではないでしょうか?そう、キーワードは「アイヌ文化」です。
本州が弥生、古墳、平安…といったみなさんも教科書でおなじみの時代を辿るなか、現在の北海道にあたる地域では、「擦文(さつもん)文化」と呼ばれる続縄文文化の時代が続いていました。土器を使用し、採集や漁狩猟が生活の主軸となる時代です。地域や研究者による違いはあるようですが、この擦文文化が終わるとアイヌ文化が登場してきます。

どちらの文化も、傾向としてサケやマスが遡上する河川の流域や河口に集落が作られることが多かったとのことですが、このサケは食糧としてだけでなく、どうやら日常の道具にも活かされていたようなのです。獣の皮と同じようにサケの皮をなめし、靴などに使っていたのだとか。
ちなみに、東北地方には飛鳥時代から多くの牧場や馬の育成がされており、履物製造に歴史があります。現在も、山形県や福島県にその技術は継承されているのだそうです。

正直、サケの「革」と言われてもどちらかというとウロコのイメージが強くてあまり馴染みがないのですが、かなり古参の素材だったようですね。生きるための知恵といいますか、先人たちがいろいろ工夫してきたからこそ私たちの今の生活や文化があるのだなあ…と。革は昔から道具として使われていて、今はファッションとしてなじみあるものになってきた歴史があるのだなあ…と。なんだか今回は真面目にコラムを締めくくることができそうです。それでは最後に、今の気持ちをひとつ。
マス寿司、食べたい。

※参考にしたWEBサイト
公益財団法人 アイヌ民族文化財団

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